動画 画像 音声 記事     
         
サブメニュー
      物語
      映画
物語  >  物語
引用サイト:大紀元
http://www.epochtimes.jp/jp/2012/08/html/d13061.html
チベットの光 (9) 師事
ウェンシーが出発した後も、母は名残惜しそうに遠くまで見送り、その手をとると涙ながらに彼を見つめた。この眉の濃い息子は成年に達したものの、ここまで無数の苦労を経験した。その顔にはまだあどけなさが残り、母に対する思いと天性の美しい気質以外は、彼はまだ単純で世間を知らないように見えた。

 二人は対面して語らず、沢山言いたいことがあるように見えたが、黙して何も語らなかった。しばらくして、母がその静寂を破った。

 「ウェンシー、くれぐれも親子のこの惨状を忘れてはいけませんよ!必ずや呪文を学んで仇を討つのです。あなたはこの可哀そうな老いた母を覚えておいて、必ずや復讐するのですよ」。母はここまで言うと名残惜しそうに涙を流したが、その瞳には怨恨の決意が宿っていた。そして、最後に息子の心に刻みつけるように言った。

 「ウェンシー、もしあなたが呪文も学ばず仇も討たず、家に帰ってきたならば、私はあなたの目の前で自殺しますからね」

 ウェンシーは慌てて言った。「お母さん、復讐が成功するまで家には帰りません。安心してください」

 ウェンシーはここまで言い終えると母に別れを告げ、仲間の元へ駆け寄った。しかし、彼は後ろ髪を引かれるようで、何度も振り返り涙を流した。彼が名残惜しそうに振り返っていたのは、なぜかもう母には生涯会えないような気がしたからであった。

 母はそこに立ち過ごし、ウェンシーの姿が見えなくなると泣く泣く家路についた。

 数日たつと、村人たちは母が息子に呪術を学びにいかせたのだと議論になった。「パイツォンヤンのばあさんは、仇を討つつもりだ」と村では噂が持ちきりであった。

 ウェンシー一行は、ウェイツァンに向かって出発してから、ポドン地方に有名なラマがいると聞いた。彼は、他に害を及ぼす呪法を心得ているという。ウェンシーは思った。「お母さんは間違っていない。僕たちの勢力は手薄で、仇を討つ相手は大勢だ。仇を討つためには呪法をしっかりと学ばなければ…」。このように思って、彼は他の青年と相談したうえで、皆でポドン地方に行ってこのラマについて呪法を学ぼうということになった。

 ポドンにつくと、彼らはヤントンタジャというこのラマを礼拝し、一人一人が供養を献上した。ウェンシーもまた身に着けていたあらゆるものを供養し、その面前に膝まずいて言った。

 「先生、私はもってきたすべての金銀をあなたに供養しました。わたしの身口意もまたあなたに捧げます。先生、私の親戚と隣近所は、わたしの家に大変な損害と苦痛を与えました。ですから、どうか彼らを懲らしめる呪法をさずけてください」

 ラマは、膝まずいているウェンシーを見て思った。「この朴訥で愚かな若者は、身口意を私に捧げるといっているが、その性情は至極単純なもので、私はいまだ見たことがない。もうこれ以降見ることができないのではないか?この子は純朴な愚か者のように見えるが、その天来の気質は衆生を抜きんでている」。彼はウェンシーを特別扱いすることを禁じえず、微笑むと言った。「君の言っていることに間違いがないか、ゆっくりと見ることにしよう」

 (続く)


(翻訳編集・武蔵)
関連文章
      チベットの光 (1)
      チベットの光 (2) 餓えと寒さ
      チベットの光 (3) 人情酷薄
      チベットの光 (4) 家財の返還拒否
      チベットの光 (5) 悲劇の始まり
      チベットの光 (6) 報復の決意
      チベットの光 (7) 酒のうえでの過ち
      チベットの光 (8) 報復の立志
      チベットの光 (9) 師事
      チベットの光 (10) 帰れない家
      チベットの光 (11) 殺人呪術
      チベットの光 (12) 悪因悪果
      チベットの光 (13) 殺人の実行
      チベットの光 (14) ウェンシーの殺害計画
      チベットの光 (15) 報復の継続
      チベットの光 (16) 送金の計
      チベットの光 (17) 雹を降らせる法
      チベットの光 (18) 追手
      チベットの光 (19) 偽の手紙
      チベットの光 (20) 正法への願い
      チベットの光 (21) 聖者到来の夢
      チベットの光 (22) ラマの耕作
      チベットの光 (23) 何のために正法を求めるのか
      チベットの光 (24) 再度、雹を降らせる
      チベットの光 (25) 再度の殺人
      チベットの光 (26) 山頂の石小屋
      チベットの光 (27) 石屋を建てては壊す
      チベットの光 (28) 風水のよくない建物
      チベットの光 (29) 十階建ての僧坊
      チベットの光 (30) 大きな堡塁
      チベットの光 (31) 受けられない灌頂
      チベットの光 (32) 灌頂を求めてまた侮辱を受ける
      チベットの光(33) 砂を入れるポケット
      チベットの光(34)師母のはからい
      チベットの光 (35) 師父の怒号
      チベットの光 (36) 師母のルビー
      チベットの光 (37) 絶望
      チベットの光 (38) 泣き菩薩
      チベットの光 (39) 偽りの手紙
      チベットの光 (40) 老婆の涙
      チベットの光 (41) 嘘
      チベットの光 (42) 露見
      チベットの光 (43) 法を求める心
      チベットの光 (44) 絶望と自殺への思い
      チベットの光 (45) 最高の弟子
      チベットの光 (46) 真相
      チベットの光 (47) 悟りの兆候
      チベットの光 (48) 俗塵を超えた悟り
      チベットの光 (49) 望郷の念
      チベットの光 (50) 師弟の別れ
      チベットの光 (51) 今生の生き別れ
      チベットの光 (52) 廃墟の実家
      チベットの光 (53) 人生貫徹
      チベットの光 (54) 再び罪業を償う
      チベットの光 (55) 許嫁との再会
      チベットの光 (56) 叔母の来意
      チベットの光 (57) 忍辱
      チベットの光 (58) 精進苦修の誓い
      チベットの光 (59) 野草のイラクサ
      チベットの光 (60) 狩人の凌辱
      チベットの光 (61) 人か幽霊か
      チベットの光 (62) 修行快楽歌
      チベットの光 (63) 兄妹の再会
      チベットの光 (64) 師父の書簡
      チベットの光 (65) 空中飛行
      チベットの光 (66) 所詮は小術
      チベットの光 (67) 世の中で最も幸福な人とは
      チベットの光 (68) 妹の世俗的な考え
      チベットの光 (69) 人生無常
      チベットの光 (70) 叔母の慈悲
      チベットの光 (71) 尊者の名望
      チベットの光 (72) 如何にしたら勇猛精進できるのか
      チベットの光 (73) 学者の嫉妬
      チベットの光 (74) 毒入りチベット・バター
      チベットの光 (75) 済度
      チベットの光 (76) 仏法神通
      チベットの光 (77) 博士の得度
      チベットの光 (78) 涅槃入定
      チベットの光 (79) 神秘現象
      チベットの光 (80) ラティンバの帰郷
      チベットの光 (81) 復活
      チベットの光 (82) 辞世の歌
      チベットの光 (83) 舎利子
      チベットの光 (84) ミラレパの遺品