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引用サイト:明慧ネット
http://jp.minghui.org/2017/04/12/52162.html
古今の天象から正法修煉の延長について考える(9)2003:金星と火星が氐宿に侵入し、天が疫病を降ろす-上
文/聖縁

 【明慧日本2017年4月12日】大法弟子全体の修煉の時間は師父に何度も延長して頂きました。多くの弟子はそれを大切にし、絶えず精進していますが、一部の人は時間が経つにつれて緩み、正法修煉の時間が延長されることに半信半疑になり、怠惰するうちに中士まで落ち、甚だしきに至っては圓満成就に対しても動揺し、正法修煉を放棄または大法に反対する側に走りました。————これらはすべて師父や法を完全に信じていないことによる結果です。遡れば、その根源は旧勢力が中華神伝文化を破壊し、現代人の大法を認識することに妨げをもたらしたからです。

 当シリーズの文章は天象文化の玄妙な正確さを公開し、法を正す時間が一回一回延長されていることを証明し、同時に関連する偽りの歴史を暴露し、初めて封じられた歴史の真相を公開します。様々な惑わしから引き起こされたことによって、大法から離れた昔の同修を再び大法に戻らせ、このかつてない歴史の本当の価値を表す時期に、人間が存在する本当の目的を認識させ、このように惑わされている人はこの妨害を乗り越え、精進されるように願います。歴史の素晴らしさは今の人間が正法を認識し、救わるために展開されており、大法弟子が圓満成就して天の家に戻れるように、念入りに按排されたことです。

 当文章は大法修煉の中での個人的な悟りなので、一つの交流として提供いたします。次元の限りがあるので、適当でないところがあれば皆さんから指摘していただき、皆さんが法を師として心を修めることを根本としていただくようお願いします。

(前文に続く)

 時間座標は2003年に進み、二十八宿の東方青龍七宿の地域に、もう一つの大凶天象が現れました。金星と火星が二つとも氐宿に侵入するという天象です。


図:2003年の天象図、二つの星が氐宿に侵入し天の処罰と対応、中国大陸にSARSという疫病が発生

 前に私たちはすでに述べましたが、氐宿は天子の宮と対応しています。火星が氐宿の範囲に留まる天象は、賊臣が反逆を図るという象徴です。しかし今回は火星と金星が氐宿に留まるのではなく、急速に氐宿に侵入し、また急速に離れていきました。この天象の意義は何でしょうか?

 『史記・天官書』によると、「氐は天の根、疫病を管理する」。我々は知っていますが、熒惑火星、また赤星や罰星、執法と呼ばれ、天象学の中で干ばつ、飢餓と病、戦争、死亡を象徴しています。太白金星も有名な罰星です。二つの最も強い罰星が氐宿に侵入する(留まることではない)ことは、天下(中国の天象文化より中国全土と対応)に大きな疫病が発生することに対応しています。

 2003年1月1日、SARSが医療関係者に伝染したばかりの時、中国医学界の権威は「伝染性の強い新しい疫病が来る」と認識したところでした。1月2日、中国医学会の専門家たちは、広東省河原市で調査を行いました。また、天象は1日もズレがなく人間と対応していました。

 1. 疫病は天の罰であり、歴史上に現れている

 疫病は人間の最も悲惨な災難です。古代中国人は疫病が天罰だということを知っていました。ですから天に拝んで自らを実証し、誤りを改めて善を行い、神様にお願いしてこの難儀を避けるよう求めることは、根本的に助かる方法です。しかし、現在の人はこの根本と離れ、人間の面で医学を求めています。

 もちろん病気にかかったら医療に求めることは当然です。病気があっても治さなければ、一部寿命になっていない人は早く死んでしまう人がいます。しかし、劫難にあたる人はいくら治療しても治りません。医者としては治せるかどうかを構わず、全力でやるべきことをやらなければいけません。今の大法弟子も同じように、相手が救われるかどうかに関係なく、少しでも希望があれば救わなければいけません。しかし救うことの根本は、大慈悲の心で対処し、相手に善悪の因果を認識させ、邪悪から離してあげることです。

 『旧約聖書、出エジプト記』によると紀元前13世紀のころ、モーゼが奴隷になったユダヤ人をエジプトから救い出し、故郷に帰らせるという物語の中で、『十の災い』について述べました。それは古代エジプトのファラオが神を敵とみなし、エジプト人に10回の天罰がもたらされ、その中の3回は疫病でした。

 【神が十の災いを降ろし、誰が目覚めることができるのか?】

 モーゼは神の名義で神を信じるユダヤ人をエジプトから連れ出すように求めましたが、ファラオはエジプト本土の獣の邪神を信仰しており、奴隷となっているユダヤ人を失いたくないため、承知しませんでした。モーゼは仕方がなく、神通力を現し、災いを降ろすことを通して、ファラオやエジプト人を目覚めさせ、神の意志に従わせようとしました。

 (1)水を血に変える:モーゼは神の杖を使い皆の目の前で川の水を叩くと、ナイル川の水が直ちに血に変わり、多くの魚が死んでしまいました。ナイル川はエジプトの神の川でしたが、神の前でその輝きを失ってしまったのです。このことはエジプト全土で大変恐れられており、ファラオも恐れていましたが、それでもユダヤ人を手放すことに承諾しませんでした。7日間を過ぎると水がまた清らかになり、ファラオは水が血に変わることは偶然だと思いました。

 (2)蛙を放つ:モーゼは再び神の杖を使い皆の前で川の水を叩くと、蛙が岸に上がり、エジプト中が蛙だらけになって、王宮にも入りました。これもエジプト人に邪神への信仰を捨てさせ、本当の神を認識させるための警告です。ファラオは怖くてモーゼの要求を承諾しました。しかし、全ての蛙が死んだ後、ファラオはこの災いが消えたことを見て、承諾した約束を破りました。

 (3)シラミを放つ:モーゼはまた神の杖で土を叩き、土の至るところからシラミが発生し、エジプト人は逃げ場がなく、体中が痒くてたまらなかったのですが、ファラオは全く承諾しませんでした。

 (4)スカラベ(ふんころがし)を放つ:多くの本では「ハエを放つ」と翻訳されましたが、私は歴史の映像を確認すると、それはハエではなくスカラベです。スカラベは人間の大便を食べ物とし、無から有に大便の玉を転がすものとして、古代エジプトでは神虫と尊称されていました。エジプトのあるお守りはスカラベの形をしています。今回エジプトの神虫と尊称する虫の災いを降ろし、同様に邪神への信仰を捨てさせ、神を認識させるための警告でした。スカラベはエジプトの至るところで這い回り、ファラオたちは怖くてモーゼの要求に承諾しました。また、神虫をエジプトから離すように求めました。この災いが撤去された後、ファラオは再び承諾した約束を破りました。

 (5)1回目の疫病を流行らせる:家畜の疫病。モーゼはファラオに警告しましたが、ファラオは聞かないため疫病を降ろし、エジプトの全ての家畜は疫病にかかり、重大な損失を被りました。しかし、ファラオは悔い改めませんでした。

 (6)2回目の疫病を流行らせる:腫れ物を生じさせる。古代エジプトでは神祭を行う時、埃(ほこり)を空に散らせば、災いを取り除けると思われていました。しかし今回、モーゼが空に灰を散らし、降りた灰によってエジプト人や家畜に腫れ物が生じ、皆は大変辛くてたまりませんでしたが、ファラオの邪心はさらに堅まりました。

 (7)雹(ひょう)を降らせる:モーゼは皆の前で杖をかざして天を指すと、直ちに雷とともに雹が降り、全ての農作物を破壊し、人や家畜をも傷つけました。唯一、ユダヤ人が住んでいるところは雹が降りませんでした。ファラオは驚き、罪を認め、モーゼに許しを請いましたが、災いが止まると、ファラオは再び約束を破りました。

 (8)バッタを放つ:モーゼは再び警告を出し、エジプト全土にイナゴが天地を覆い尽くさんばかりにあらゆるところに発生し、全ての植物を食い尽くしてしまいました。ファラオは再びモーゼに許しを請いましたが、この難が過ぎると再び約束を破りました。

 (9)暗闇でエジプトを覆う:エジプト人は太陽神を崇拝しています。モーゼが杖をかざして空を指すと、太陽が隠され、エジプト全土は真っ暗になり、このようにして3日間経ちました。これもエジプト人に警告し、真の神を認識させるためです。ファラオは、モーゼにユダヤ人を連れて行くことを認めましたが、家畜を一緒に連れて行くことは許しませんでした。しかし家畜がいなければ道中での食べ物がないことに等しく、生きたままエジプトを離れることはできません。モーゼは了承せず、ファラオもモーゼに対して次に会ったら殺すと脅しました。

 (10)3回目の疫病を流行らせる:長子を皆殺しにする。モーゼは死神がエジプト人の全ての最初の子を奪うと予言しました。つまり、母の長子、家畜の最初の子です。そしてユダヤ人には家のドアに羊の血を塗らせ、死神がこの血をみれば通過し、災いを回避できると教えました。これが過越祭の由来です。結果として、エジプト人の最初の子(長子)は全て死に、ファラオの息子も死にました。エジプト全土に悲しみの泣き声が溢れ、ファラオは非常に驚き、ユダヤ人が離れることを許すしかありませんでした。

 今の中国共産党による法輪大法への迫害について、天罰は2003年の疫病だけではなく、様々な天災人禍が幾度も現れ、同様に多くの人に偶然だと思われています。ですから、これらの人々は継続的に悪事を働き、これも同様に、エジプト人の教訓を再現することになるのではないでしょうか?

 【神通力が現れ、良い人を救い、悪い人を淘汰する】

 100万人以上の奴隷を失うとファラオと大臣は、再び後悔しました。ファラオは自ら軍を率いて、エジプト全てのチャリオット(戦車)を出し、ユダヤ人を殺しに追ってきました。紅海のところまで追いつかれるとモーゼは神通力を現し、海水を切り開きました。人々はモーゼではなく神が神通力を現したと思っていました。私は確認するとそれは、モーゼ自身の神通力であり、彼は神に「私はこのように神通力を現してよいでしょうか?」と聞きました。もし主が許さなければモーゼも神通力を現せません。主の許しを得て、公に神通力を現しました。

 その前にモーゼが現したのは全て小手先の技でした。しかもエジプト人は、手品かあるいは偶然に起こったことだと思っていました。例えば、急に疫病が発生し、急に消えたことなどは、正神を信じないエジプト人に教訓を与え、間違った道から正しい道に戻らせるためです。しかし、多くのエジプト人は迷いの中におり、全然悟らず、モーゼが本当に大きな神通力を現したことを見て、はじめて信じると言いました。これは現在と同じように多くの人が、大法や師父が現した神通力を見てはじめて大法を信じ、大法への迫害を停止するという人の心理と同じです。しかし、迷いの中でこそ人を救えます。神通力を現すとその迷いを破り、人を救うことは終わりになり、因果応報の報いがやってきます。

 モーゼは紅海を三面(前方と左右)の水壁に切り開き、海の底が現れました。映画のような左右の水壁ではなく、しかも海の底から向こう岸までの道ができた訳ではありません。当時、対岸が全く見えない状況のユダヤ人の背後には、エジプト軍が迫っており、両側に道もなく、前方は後退する水壁で、最終的にどこまでいけるのかモーゼ意外誰にもわかりませんでした。しかしユダヤ人は神の信念に従って前に進みました。

 このような神通力を見て、全てのエジプト兵は本当の神が来たことが分かりました。しかしまた、なぜ彼らは命令に従い、海底まで追ってきてユダヤ人を殺そうとしたのでしょうか? それは神が彼らに機会を与えなかったためです。以前、1回、1回の天罰によって多くの機会を与えました。本当の神通力を見てはじめて認識することは、悟りの部分がなくなるため神に認められません。神を敵とみなし、迫害を加える人は、神の立場からみるとそれは最も悪い人であり、全て淘汰されるべきです。だからこそ、この兵士たちは悪魔に紅海に追い込まれ、彼らを操っている悪魔は彼らを淘汰します。最後にユダヤ人が岸に上ると両側の海水が閉じ、エジプト全軍が海底に沈みました。

 兵の中の多くは、10回の天罰の中ですでにユダヤ人の信仰が、正しい信仰であるとわかっていました。そして当時、エジプト人が信仰してる神が、人によって作られた邪神であることもわかっていました。しかし、頭の中で分かっているだけでは認められません。行動に現したことこそが基準となります。彼らは軍人という口実で命令に従いました。邪悪の命令だったとしても、良心で判断せず、ファラオに従って悪事を働き、最終的に帰れない道に陥り、命を落としました。

 今の多くの人も同じではないでしょうか? 法輪功が素晴らしいと分かっているのに、邪党(中国共産党)について迫害を行い、命令に従うという口実で、良知より個人の利益を優先しました。これらの最終的な結果は何でしょうか? 古代エジプトでもすでに上演されました。もし、早めに目覚めて悔い改め、歴史時期が賦与した一瞬の機会を掴むことができれば、この重大な歴史の舞台に対して申し訳が立つでしょう。

 2. 迫害と共に疫病が流行し、正しい信念が立ち上がる

 モーゼが創立したユダヤ教が盛んな時期を経過し、時間が経つにつれて末法時期に入りました。神は変わらず神であり、教義が歪まされました。そうなると、人類はその門に救われることができなくなります。ユダヤ教の神殿は市場になり、さらに家畜の商売も行うまでになり、そのためイエスはこれらの神を信じるが、神を尊敬しないユダヤ人を神殿から追い出しました。

 【イエスを殺害する】

 ユダヤ教が完全に人を救うことができなくなった末法時期にイエスは生まれました。ユダヤ教に基づいて、新しい法を伝え、教義を正しました。しかし、ユダヤ教徒はこれを理解せず、逆に彼らを救うために人間世界に降りてきたイエスを殺害しました。

 私は慧眼通の功能で当時の歴史を確認しました。イエスがユダヤ教の審判にかけられたとき、多くのユダヤ人はイエスに神通力を現すように要求しました。「あなたが神通力を現せば、私たちはあなたが神の子だと信じます。なぜ皆の前で現すことができないでしょうか? 現せられなければあなたは詐欺師です」

 これは現在、大法を迫害する人や、大法を信じない人の心理状態と同じです。実は最後の大清算の時や、教義を正す時などにならないと、神通力は現せません。モーゼはエジプト人と神を敵と見なしている悪人を清算する時、また教義を正し「モーゼの十戒」を伝える時になって、はじめて神通力を現しました。イエスも同じで最後の時、弟子の行為を正すために神通力(復活)を現しました。しかし自らこの神通力を見た弟子は、すでに修煉の終点になりました。次元が上がることはできなくなり、そのあといくらやっても威徳を積むだけです。今はさらにこのようなっています。人が救われる機会を与え、修煉者の次元が向上する機会を与えるため、この迷いを破らず、神通力も現しません。

 なぜイエスはモーゼのように神を迫害する悪人を清算しないのでしょうか? 原因の一つとしてイエスが慈悲であり、これらの人に救われる機会を与えていました。もう一つはこれらの人が自ら承諾したことによって定められたのです。

 私が功能で当時の状況を確認すると、イエスは彼を殺害しようとするユダヤ教の大祭司に「私は神の子です。私の国と私の民は人間世界の存在ではありません。あなた達は私を迫害すれば、罪が大き過ぎて永遠に償うことができません」と言いました。その大祭司は「私たちには恐れがありません。あなたが本当の神の子であれば、私たちは償います。私たちの民が殺されてもよい、国が滅んでもよい、国家がなくてもよいのです」と応えました。

 この言葉は彼ら自身の未来を定めただけではなく、ユダヤ人の子孫千年の未来をも定めました。ユダヤ人は約千年の間、祖国がなく、あてもなく彷徨(さまよ)っていました。もちろんユダヤ人の中に多くの億万長者がおり、国際的な大財閥もありますが、功能で確認するとイエスが迫害された時、彼らはイエスに救援の手を差し伸べたからです。結局、救うことができなかったのですが、彼らは全力で行いました。その行動が天地を感動させ、天地に大きな福を授けられました。

 多くの人は良いことを行って大功徳を積みたいと思っていますが、普段そんなに多く機会はありません。ただ佛を滅する時や正法修煉が受難する時だけに、このような機縁が現れます。この機縁は異なる階層の人間に対しても平等です。もちろん大法弟子が人を救うことはさらに大きな功徳になります。しかし、そのような機会を1回1回失い、正念正行を堅持できない人がいます。

 【ネロの迫害と疫病】

 イエスが迫害された後、ユダヤ教による迫害の中でイエスの弟子は継続的にキリスト教を広め、多くの弟子の命が奪われました。弟子たちはユダヤ教の迫害だけではなく、ローマ帝国からの迫害も受けていました。

 西暦64年、ローマ帝国の皇帝ネロは政府に命じてキリスト教徒が「邪教徒」であると誹謗中傷させ、ローマの民衆を煽動してキリスト教徒への迫害に加担させました。多くのキリスト教徒が殺害され、あるいはローマ人の見せ物として闘技場で野獣に食い殺され、さらに庭園の夜の明かりとして、乾燥した草と一緒に縛られて燃やされました。

 西暦65年、古代ローマで疫病が爆発的に広まりました。68年、ローマ城で暴動が起き、ネロは逃げる途中で自殺し、享年31歳でした。


油絵『キリスト教殉教者の最後の祈り』、ローマ帝国によるキリスト教徒への残酷な迫害場面。闘技場周囲の柱の左側は火刑を受け、右側は十字架に釘づけにされたキリスト教徒。中央で野獣に食い殺されそうなキリスト教徒は神に祈って自分の信念を堅持した

 その後のローマ帝国の皇帝たちも継続的にキリスト教徒への迫害を行いました。彼らは信仰への迫害が国家、国民および自分自身に悪の報いをもたらすことを信じず、さらに疫病が天の警告であることも信じませんでした。キリスト教はずっと非法であると定められ、一部の地方ではさらに残酷な弾圧や迫害が行われ、多くの役人はこの迫害を黙認していました。この迫害は厳しくなったり緩やかになったりしながら約300年続き、ローマの疫病も同じように断続的に発生しました。

 【マルクス・アウレリウス・アントニヌスの迫害と疫病】

 161年、マルクス・アウレリウス・アントニヌスはローマの皇帝に即位すると、全国的にキリスト教徒を取り除く運動を起こしました。キリスト教徒の家財を告発者に与えると命じ、全国の人がキリスト教徒を探し、そして告発するように誘導しました。政府は各種の残酷な刑を使って、強制的にキリスト教徒の信仰を放棄させようとしました。もし放棄しなければ首を切り落とし、あるいは闘技場に閉じ込めて野獣に食い殺させ、見せ物にしました。

 マルクス・アウレリウス・アントニヌスの即位から5年後、疫病が発生しました。これは「アントニヌスの疫病」と歴史の中で称されています。人口統計資料によるとアントニヌスの疫病は、平均死亡率が7~10%で都市や軍隊では13~15%に上り、アントニヌスともう1人の皇帝もこの疫病で死亡しました。疫病は約16年続き、ローマ帝国は衰退しました。

 【デキウスの迫害と疫病】

 249年、デキウスは即位して全国的な迫害を起こしました。彼は法律の中で人々に必ずローマの神像とローマ皇帝の像を拝まなければならないと要求しました。もし拝んだ証明がなければ死刑になります。キリスト教の教義では他の神を拝むことができません。(佛教でいう「不二法門」)こうすればキリスト教への信仰を破壊すことに等しく、多くのキリスト教徒は自分の信仰を堅持するために殺されました。

 翌年、疫病は再び発生し、デキウスは戦争で死にました。この疫病はキリスト教のキプリアヌス主教に記載され、「キプリアヌスの疫病」と称されています。この疫病は20年で2500万人が死亡しました。ピーク時にはローマ城で毎日5千人が死亡し、軍の戦闘力が急激に下がりました。次の皇帝クラウディウス・ゴティクスもこの疫病で死亡しました。

 【最後の凶暴と無限の輝き】

 284年、ディオクレティアヌスが即位してローマの皇帝になりました。最初はキリスト教徒に対して寛容でしたが、彼の娘の夫ガレリウスはキリスト教を敵とみなし、2回火を放ってキリスト教徒になすりつけました。最終的にディオクレティアヌスは、303年にキリスト教への迫害を起こさせました。キリスト教の書籍を燃やし、教会を壊し、財産を没収しました。軍や役人の中のキリスト教徒を排除し、最後になると、キリスト教を信仰すれば捕まり、酷刑を受け、信仰を放棄しなければ死刑になりました。

 このような残酷な迫害が2年間続けられました。ディオクレティアヌスの健康も迅速に悪化し、退位しました。即位したガレリウスも継続的に迫害を行い、この天に逆らう迫害は国に戦乱をもたらしました。310年、ガレリウスは耐え難い苦痛を伴う奇病にかかりました。歴史学の記載によると、奇病が彼に与えた苦痛は、彼の残酷な統治によって国民に与えた苦痛と同じようでした。彼の精巣は感染して化膿し、巨大な腫瘍が現れ、うじ虫が体内から体外まで彼を食っていました。ガレリウスの上半身は痩せて骨と皮ばかりになり、下半身は腫れてプリンのようになって両足も変形しました。この悪報の1年後、ガレリウスはやっと目を覚まし、神が本当に存在していると分かり、心の中で神に懺悔しました。彼が管理していた東ローマでのキリスト教徒への全ての迫害を停止させ、そしてキリスト教に帰依しました。数日後、ガレリウスは安らかに死にました。

 306~312年の内戦は中国での玄武門の戦と似ています。前に述べましたが、玄武門の戦は表面的には帝位を争うための戦ですが、人間の面を超えると佛法道法を護る戦であり、表面では人間同士が互いに戦い合い、背後では一層一層の神と魔の戦いです。今回のローマの内戦でも表面では帝位を争うための戦に見えますが、実はキリスト教への判決を改め、名誉を回復するための戦であり、背後でも一層一層の神と魔の戦いでした。6人が帝位を争い、最後に唯一キリスト教を信仰するコンスタンティヌスが、奇跡的に少数で多数に勝ち、帝位を奪い取りました。

 313年、コンスタンティヌスとリキニウスは共にミラノ勅令を下し、ローマ帝国でのキリスト教への判決を改め、名誉を回復しました。その後、リキニウスは再び迫害しましたが、コンスタンティヌスに倒されました。コンスタンティヌスはその後、アジア、ヨーロッパ、アフリカのローマ帝国が再び統一し、「千古一帝(千年に1人の帝王)」という栄誉を授かりました。この栄誉はコンスタンティヌスがキリスト教への判決を改め、名誉を回復し、天ほどの功徳を積んだために与えられたものです。それは西洋史の最も盛大な功徳です。


コンスタンティヌス大帝の像

(続く)

 次集の目次

 古今の天象から正法修煉の延長について考える(10)
 ——2003:金星と火星が氐宿に侵入し、天が疫病を降ろす(下)
 1. 『旧約聖書』は『新約聖書』の路を開き、歴史は正法の路を開く
 2. 天象は人間世界と対応、現実は予言と対応、時間が延長させている


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/2/9/341949.html)