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引用サイト:大紀元
【党文化の解体】第3章(2)
1.宣伝機関総動員で党文化を押し広める

 銃口とペンは、共産党の二大生命線だ。レーニンはかつてこの種の闘争手段を「イデオロギー」に「テロリズム」を加えたものだと概括した。中共はソ連共産党の邪悪な遺伝子を受け継いだ上、欺瞞をソ連よりももっと巧みに使ってきた。劉少奇は、1951年のある講演で次のように直言したことがある。「わが党は、設立された当初から全党をあげて宣伝してきた…。これからも同じように行なわなければならない。」中共の宣伝機関は、中共が民衆たちを洗脳して党文化を押し広める過程で極めて重要な作用を果たした。

1)政治運動の時期と平常の時期

 (1)政治運動を利用して党文化を押し広める

 絶え間ない政治運動を発動することは、中共政権と正常な人類政権を区別する重要なポイントの一つだ。これは共産党のいわゆる「党性」が、人間性と決然として対立するためで、一旦環境が緩やかになると、統制が弱まり、外部の正常社会との接触が多くなれば、党員や一般民衆の中に人間性が目覚める状況が生じることになる。そうなると、中共は「党心」が散り散りバラバラになる恐れがあり、政権を維持することが難しくなる。このため、中共にとって言えば、周期的な政治運動は必然的なものである。


中共が宣伝機関を利用して党文化を押し広めるに当たって、政治運動の時期と平常の時期に分けることができる。しかし、どの時期であっても、中共の核心指導層は常に宣伝機関(刊行物、ラジオ、テレビなど)に対する統制を「最も重要」、「重点中の重点」としているので、単に具体的な操作過程が多少違うに過ぎない。文化大革命の中で、中共中央宣伝部は「伏魔殿」と言われ叩かれた時期があった。その間に、全国的に表面上は「無政府状態」、「天下大乱」の様子が表れたが、実際の権力を掌握している中共の核心集団は重要な宣伝機関への手綱を緩めたことはなかった。(例えば、二報一刊と称された最も重要なメディアの『人民日報』と『解放軍報』及び『紅旗』雑誌が終始中央に掌握されていた。)

 平常の時期においては、中共の宣伝は次のような方式で行なわれてきた。中共の党領袖が方針を決める―政治局が決議する―中宣部がこの方針を貫徹する―各級部門と言論媒体が執行する。しかし、危機の時期には、中共の党領袖はたびたびこの方式を無視し、直接媒体を握ると共に、屠殺刀 (軍隊、警察、特務系統) を振り上げ、対抗勢力を先に片付けて、既成事実を作ってから、「党性」を以って党員全体を脅かし、思想と世論を統一させる。このようにして、「党性」はたびたび人間性を押し潰して、一歩一歩人間性を破滅させ、最終的には党員と社会はすべて「党」の変態意志の下に屈服するようになった。

 毛沢東、_deng_小平、江沢民は、それぞれ異なる時期に政治の表舞台に立ち、直接武装勢力を握って、主要なメディアに社説を発表させ、政治運動の方向を決定付けた。1957年の「反右派運動」の時、毛沢東自らが『人民日報』の社説を書いて発表した後、数百万の知識分子に対して厳しい粛清を開始した。この毛沢東が「陽謀(陰謀の反面)」と称した「反右派運動」は、徹底的に中国知識分子の独立思想と自由意志を壊滅させた。

 1989年の学生運動の時、『人民日報』に発表された「鮮明な態度で動乱に反対しなければいけない」 という「4.26社説」は、やはり当時の実質的権力を掌握していた_deng_小平の意思に従って作成されたものだった。

 1999年10月25日、中共邪悪の領袖・江沢民がフランス大衆紙『フィガロ』新聞のインタビューを受けた時、法輪功を×教と称すると、翌日の『人民日報』はすぐに「法輪功は×教だ」という論説を発表した。江沢民は、理性を失った暴言で、憲法と法律を越えて指揮、命令していた。


政治運動時期の中共の宣伝は、往々にして熱狂的な政治的動員と天地を覆うがごとき世論の攻勢を伴ってきた。このような大規模な世論攻勢により、人々の正常な情報ルートが切断され、人々は独自の思考・判断が根本的にできなくなる。これにより、多くの人々は中共の宣伝の誘導を受けながらも自覚できず、この誘導により生じた考え方は自分が独自に思考した結果だと思ってしまうようになった。たとえ冷静に観察して真実を見通すことができた少数の人たちも、中共の暴力の脅威と「全民参与の批判運動」の巨大な圧力の前では沈黙を保つことしかできなかった。

 今日の中国人は皆、数十年前の政治運動が荒唐で滑稽なものであると思っている。しかし、党文化の宣伝教育という角度から見ると、これらの運動は非常に成功し、その目的を達した。なぜならば、長期間にわたってこの宣伝教育を受けた人々は、どれが自分の正常な思考で、どれが中共によって教育された観念なのかが、はっきりと区別できなくなっているからだ。

 人々は、「革命運動に別れを告げよう」と思っていても、別れたのは表面の形式に過ぎず、党文化の内容は依然頭の中に残っている。今日の人々は、もう「語録歌」を歌ったり、「忠字舞」を踊ったり、「大鳴大放」「文攻武衛」に熱を上げたりしない。だが、中共が政治運動を利用して人々に押し付けた無神論、唯物論、進化論と闘争哲学は、依然多くの中国人に絶対正しい真理だと思われており、天を敬い神を信じることは「封建迷信」だとし、精神の要素を失った伝統文化が飾り物あるいは金儲けの道具として使われている。これに対して、人々は何の問題も感じなくなった。これは中共の「思想改造」が成功したことを示している。

 10年間に亘る文化大革命は、国民経済を崩壊寸前にまで追い詰めた。中共は仕方なく経済と文化の領域でいくつかの譲歩をしなければならなくなった。しかし、中共集団の生存に関わる思想領域においては、これまで譲ることはなかった。_deng_小平はかつてこう言った。「このような領域では、まったく緩めることはなかったから、当然厳しくなったとも言えないのだ」。

 2005年、胡錦涛はまるで圧力釜のように密閉された共産独裁国家のキューバと北朝鮮の政治情勢に言及した時、「イデオロギーの領域でずっと正しく行なってきた」と評価した。現在、新しい時代の新しい情勢の下で、中共は宣伝の強勢を死守しながら、不利な情報を懸命に遮断すると共に、「時代の変化に合わせて進む」という方針を打ち出して、手法を変換して、より精巧に、より効果的に、より欺満性が高い宣伝方式に変わった。80年代からこれまで中共は「党を整頓する」、「精神の汚染を除去する」、「資産家階級の自由化に反対する」、「六四民主化運動を批判する」、「法輪功を弾圧する」などの一連の政治運動を行なってきた。しかし、人々は自身が政治運動の中にあることを自覚できず、まるでこれらの政治運動はすでに非常に遠い昔のことだと思っている。中共の宣伝教育を受けている人々は、党文化の影響を自覚できないばかりか、心地よく受け入れた上、存分に駆使している。

 

「これでもまだ修煉を止めないか!」中共は法輪功の修煉者を残虐な拷問にかけて修煉をやめさせようとしている。

(続く)
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