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引用サイト:明慧ネット
http://jp.minghui.org/2017/07/16/54239.html
私が接してきた一部の旧勢力とその按排(三)
文/中国の大法弟子

 【明慧日本2017年7月16日】 (前文に続く)

 3、「提婆達多」の類の按排

 釈迦牟尼の従兄弟の提婆達多(だいばだった)は、釈迦牟尼に付いて出家して修煉していました。周りの修行者に続々と神通力が現れたことを見た彼は、釈迦牟尼に神通力を求めました。釈迦牟尼がそれを拒否すると、一部の高次元生命は釈迦牟尼と弟子に魔難を与えるため、提婆達多に多くの神通力を開かせ、彼の心から魔を生じるようにさせたのです。提婆達多は時間が経つにつれて、自分のことを教主に祭り上げさせました。

 弁が立つ提婆達多は、一式のいわゆる高次元の修煉理論をまとめ、釈迦牟尼の弟子の中から真偽や正邪、善悪を見分けることができない者を引きずり出しました。佛教の記載によると、これは当時の最も大きな内乱でした。それにより多くの者は淘汰され、修煉の機縁を失ってしまったのです。最終的に釈迦牟尼の弟子である舎利弗(しゃりほつ)と目犍連によって提婆達多は処理され、死後、地獄に落ちました。

 今回、大法が広く伝わり、衆生を救うことについて旧勢力も大法弟子の中に多くの「提婆達多」の類の魔による修煉の邪魔を按排しました。長年の間に世界各地にもこの類の人物が現れています。

 私もこのような学習者や、その背後の代表している一部の高次元の旧勢力と接したことがあります。彼らも今回、師父が法を正すことは、これまでに人を済度しに降りてきた覚者と違うと感じていました。それらは自分の考えと按排が今回の法を正すことと合わないと感じたため、真の大法弟子を利用して認めてもらおうとしていたのです。彼らも私を借りて彼ら自身の目的を達成しようとしていました。

 彼らは「今、大法修煉者の資金が足りません。もし私たちの按排に協力すれば大法修煉者に、普遍的にお金を持たせます。そうすれば正法の活動がもっと上手くいくでしょう。あなたについて大きな会社も運営できます」と私に話しました。

 私は「世の中で何かを成功させようとすれば時間がかかります。今最も大事なのは人を救うことです。もし精力を金を儲けることに投じれば、人を救うことに影響を与えるでしょう」と拒否しました。

 また彼らは言いました。「大法の修煉者に普遍的に神通力を開かせ、漸悟状態に入るようにさせましょうか」。私は少し考えましたが彼らに「私は元々漸悟状態であるため、あなた達がやる必要はないでしょう」と答えました。

 彼らは諦めずに続けて「現在、大法の修煉者は、大法の法理をあまり分かっていません。天上でも焦っています。私たちは全体的に皆の法理の理解を向上させることができます。そうすれば、今の正法についても自然と促進させることができるでしょう」と言いました。

 長年の間、同修と付き合い、私もこの問題に気付いています。中国本土の多くの同修は大法の理解が未だに表面の部分に留まっています。修煉の向上も大変緩やかで、それに対応して行う三つの事も表面に留まり、順調ではないのです。旧勢力のこのような口実は、ちょうどこの肝心な問題に触れました。私は彼らがこの方面で手伝うことは、いいことではないかと考えました。

 私は迷っていましたが、師父の説かれた「法を正す者」の概念が突然頭の中に思い浮かびました。私は直ちに「あなた達は法を正す者ではないのに、何の権利があってこのことを按排するのですか? あなたは法を正す者に従うべきでしょう! 自分で勝手に決めることではないでしょう!」と言いました。

 私が話し終わった瞬間、パッと天地が金色の光に溢れて、師父の法身が旧勢力の後ろに顕れました。旧勢力は仕方がなく去って行き、私への妨害も消えました。

 これは別空間での接触です。人間世界でもこのような按排に対応することに出会い、提婆達多の類の学習者とも知り合いになりました。

 私はこのような提婆達多の類の「学習者の特徴」をまとめてみました。基本的に「弁才や文才に長け」ており、さらに「理論のレベルが高く」、「人を引き込む力」があります。その中の一部は神通力を持ち、さらに高度な漸悟状態になっている人もいるのです。

 これは表面的に見た能力だけの分析です。このうような能力がなければ、彼らは人を騙すことができず、このような作用も起こせません。ただし、多くの真の大法弟子もこのような力を持っています。ではどうやって「見分ける」ことができるのでしょうか?! 

 もちろん、内部で誰が旧勢力に按排されているかを探すことではなく、それは意味のないことです。しかも随時に変わっているのです。彼は今日そのようですが、明日、旧勢力の按排を否定するかもしれません。私たちは大法弟子の内部でどのように頭を冷静に保ち、法理をしっかりと理解できるように交流しています。

 個人の心性の角度から言えば、このような類の学習者には以下の特徴があります。(一)、普遍的に真を修めていない。常に大げさに話し、誠意が足りず、八方美人で、あるいはずる賢い。(二)、自己中心的でナルシスト、内に向けて自分を探していない。問題やトラブルがあれば自分をずる賢く守り、責任や過ちを他人に押し付ける。さらに偽って自分を修めているようなふりをしている。

 歴史の中で変異した按排のため、内部で強い破壊力を持っている人がいます。普通の修煉者はこれに抵抗する力がなく、すぐに引き込まれました。彼はあなたに事業を大成功させることもできるのです。大きな会社を作らせることができ、巨額の金を儲けさせることもできます。もし、あなたが功能に執着すれば、彼はあなたが神通力を出せるようにさせてくれます。もし、あなたが同修の情に執着すれば、彼は内部でマルチ商法のような親しい雰囲気を形成させます。あなたが高次元の法理に執着すれば、彼らは一式の最もらしい理論を作り上げますが、それはそもそも旧宇宙の法で、旧宇宙の法力を持っているのです。修煉者はしっかり法を勉強しなければ、非常に惑わされるのです……あなたが何に執着しても彼らはそれを作り上げるのです。目的はあなたを引き込んで、徐々に彼らに付いて行かせることです。あなたは自分が大法弟子だと思い込み、師父を手伝って法を正すことに参与していると思うかもしれませんが、実は知らず知らずのうちに内部での撹乱の作用を形成しているのです!

 このような「提婆達多」の類の学習者の中には、分かっているようで分かっていない人もいます。多くの人は初期段階で自分が大法弟子だと思い、師父に手伝って法を正すことを考えていますが、旧勢力が操って変異した按排による過程の中で、多くの不純な行為が現れました。真の大法の修煉者はそれに対して反対しますが、反対している多くの学習者も重い人心を持っていて、旧勢力がそのチャンスを掴んで激しくトラブルを起こさせ、対立していまい、内部で大混乱になりました。対立している双方の人心が重いため、最終的には捕まえられたり、病業であの世に行ったりすることもあるため、地域全体の状況が悪くなりました。

 以前の高次元の旧宇宙の認識によると、操られた人や自分がこのように協力しようとする生命は、例えば提婆達多にしても最後には圓満成就できます。彼は釈迦牟尼や釈迦牟尼の弟子の向上には役立ち、貢献しました。佛教の経典によると、釈迦牟尼の十大弟子で神通第一の目犍連は、地獄で提婆達多の受刑を見て同情の心が現れました。しかし、提婆達多はその情を受け入れず、逆に目犍連を追い出しました。地獄から戻ってきた目犍連はこのことを理解できず、釈迦牟尼を訪ねました。釈迦牟尼は提婆達多が将来佛になれるという法理を説きました。

 今回の大法修煉について、一部の高次元の旧宇宙生命もこのような形式を通して、大法や大法弟子に試練を与えています。さらに彼らの系統範囲の中の生命は、この試練を実行するため人間世界に降り、転生して大法の修煉に入ってきたのです。

 これらの高次元の生命は、人間世界に降りて大法の修煉に入る実行者も含め、当初、この按排を作った時、ただ機械的に旧宇宙の運行機制に従って行われていました。大法が宇宙と衆生を創造したため、衆生が大法を試す資格はなく、大法を試すこともできないのです。そして今回、宇宙の法を正すことに関わり、このようなマイナスの試練は内部で撹乱する作用を働き、巨大なマイナスの影響をもたらしました。それは最後の清算に直面しなければいけません。次元が落ちたり、解体されて淘汰されることになります。当初思われていた功徳とはみなされず、円満することもできません。

 今回、開かれた門はあまりにも大きいのです。師父は法を正す中で一切の正しくないものを正し、一切の救うことのできる衆生を救っています。たとえ旧勢力が按排した提婆達多のような学習者でも、師父は放棄していないのです。しかも、その中の一部は法を勉強して三つの事を行っています。真の大法弟子たちもずっと彼らを、法の中で自分を正すように手伝っています。

 大法弟子の善がいくら大きくても、宇宙には基準があるのです。自分を完全に正していない前提で、心性がまだ変わっていない状況下で、必ず大法や大法弟子に聞き、大法や大法弟子に基づいて行なわなければいけません。そうでなければ彼らは行わなければよいのですが、行えばすぐにマイナスの影響がもたらされます。

 この期間中、このような一部の学習者は「大量に法を勉強する」ことを通して、分かったり分からなかったりする内に、元の按排を否定しました。完全に法の要求にしたがって衆生を救い、「真の大法弟子」になったのです!

 全ては衆生が現在の法を正す中での選択次第なのです。

(続く)