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引用サイト:明慧ネット
http://jp.minghui.org/2018/06/17/prt_55454.html
天国楽団で10年間の修煉体験
文/フランスの大法弟子

 【明慧日本2018年6月17日】

 師父、こんにちは。

 同修の皆さん、こんにちは。

 私は2006年12月に天国楽団に参加しました。当時、私たちは主に「法輪大法は素晴らしい」と「十方世界に響く法の太鼓」の2曲だけを演奏していました。毎月、数回リハーサルしていましたが、屋外での演奏はまだまだ完璧な状態に達しませんでした。私にとって、全ては新しい体験です。初めて屋外演奏に参加した時から、何でも完璧を求めるという自分の執着心に気づきました。

 それから、私たちはバスに乗ってヨーロッパ各地で演奏をやり始めました。ある日、コペンハーゲンから帰って来た時、私とある同修の間にトラブルが起きて、私はとても傷つきました。天国楽団から脱退したいとまで思った時に、天目に天安門広場が映って、全世界の天国楽団のメンバーが一緒に演奏する光景が見えました。みんなは唐の時代の衣装を着て、とても素晴らしい光景でした。あの数秒間の光景は10年来、ずっと私を励ましてくれています。それから、問題に遭う時に逃げないで、内に向けて真・善・忍に合わないところを探すことを私は覚えました。

 ある日、私はある曲の楽譜をプリントアウトしました。そのメロディーはとても好きですが、しかし音が高くてリズムもとても複雑で、難しすぎると思いました。その時、突然一つの声が私の耳元で「一緒に練習しましょう」と言ってくれました。私は思わずその声に「はい」と答えました。その声にリードされて、私はまず1行目の最初のいくつかの音符を吹いてみて、それから後ろの音符を、それから1行目の最後まで吹いてみました。その声から私は大きな「善」と「優しさ」を感じました。数分後、私は全曲を一通り吹き終えました。それから、その優しい声は難しいリズムの部分を練習するように私を導き、1小節また1小節、1行また1行、僅か数分の間になんと私はその曲の吹き方を覚えました! あの優しい声はきっと師父が遣わされた天使の声だと思います。ずっとそばに付添って私の向上を気にかけて下さった師父に感謝します。

 パレードが行われる中で、よく雨に遭遇します。多くの場合、ほかの団体は演出を中止して雨宿りをする時でも、天国楽団だけは演奏を続けます。ある日のパレードで、他の空間に起きた正義と邪悪の大戦が私の天目で見えました。大法弟子の楽器から出た音符一つ一つは邪悪を潰していて、その場面は驚天動地のように激しいもので、正念が強いほど吹き出した音符の力も大きい、と天目で見えました。

 フランス北部で行われたパレードに参加した際、開始前に、隣にいた同修Aさんは一緒に『論語』を暗唱したいと提案しました。Aさんはドイツ語を使って私はフランス語を使って、私たちはそれぞれ自分の言語で『論語』を暗唱しました。初めの時、私はとても一心不乱に暗唱したのですが、だんだんとスピードを上げて、Aさんに勝って早く暗唱を完成させようとしました。後になって探すと、それは闘争心だと分かりました。暗唱が終わって、Aさんは私にフランス語でもう一回暗唱して聞かせてほしいと頼みました。闘争心が見つかってので、私の心構えがぐっと変わって、聞く相手に最も貴重なものを捧げる気持ちで暗唱しました。平静な心を持って暗唱した時、周囲にとても強いエネルギーの場が形成したのが見えました。『論語』を2回暗唱したことを通じて、私は自分の闘争心が見つかり、また大法の威力も感じました。

 ロンドンのパレーどに参加した時、皆でユースホステルに泊まりました。その晩、祖父が私に会いにホステルにやってきました。私は嬉しく思うほかに、祖父と別かれることを悲しく思って、また、狭いホステルの部屋に来てほかの同修を邪魔した祖父に不満を持っていました。翌朝、練習する時、私はリードを3枚変えましたが、どれを使っても音が出ません。それでやっと「多分、昨晩祖父が来たことに関係がある」と思い付きました。昨晩から今まで、私の心はずっと落ち着いていないため、とうとう音を吹き出せなくなっています。私は発正念して、そして心も喉も解き放したとき、ついに演奏できるようになりました。

 パレードに同修が吹き間違えたのを聞いたら、最初私はとても腹が立ちました。後になって、自分はもっぱら同修のミスに気づくが、自分のミスを見逃していないかと意識しました。同修と交流して、今後、ほかの同修が吹き間違えたのを聞いたら、その正しくない状態を正すようにとすぐ発正念しようと思いました。あれから、また同じことに遭遇したら私はすぐ発正念をして、本当に数秒後に吹き間違えた同修は自ら改めます。私は発正念の威力がもう一度分かりました。

 天国楽団のメンバーはそれぞれの出身国が違うので、学法する時、10種類ほどそれぞれ異なる言語を耳にすることもあります。それはなんと素晴らしいことだと私は思います。しかしある日、天国楽団責任者は「今後、集団学法に使用する言語は中国語、英語とドイツ語に限定する」と発信しました。メールを見て私はとても怒りました。どんなものが私の心を打ったのか、私の心はどうしてこんなに動揺したのかを探してみると、重視されたい、フランス語を母国語にしている自分は無視されたと思ってからだと分かりました。それからの3日間、集団学法に参加して、同修たちが中国語、ドイツ文、英文で『轉法輪』を読んでいるのを聞くと、大法の威力は私の不満を解消してくれて、私の心は落ち着きました。

 しかしフランスに帰った後、両足が痛くなりました。最初の数週間、「ドイツに行く時に長時間バスに乗ったから」とか、「楽器を練習する時に長時間座ったから」とか、知らず知らずのうちにずっと外に向けて探していました。ある日、ある中国人同修に足の痛みを話したら、彼女は「あなた、多く法を勉強すべきです」と言い、手を胸もとに置いて「内に向けて探しましょう」と言いました。私はそれでやっと外に原因を探すのを止めて、内に向けて自分の不満、恨み、重視されたいなどの執着が見つかりました。彼女に「これから私たちはフランス語で学法することができなくなります」と言うと、彼女は「では、中国語で読みませんか」と言って、私に中国語の『轉法輪』も貸してくれました。私はすぐに中国人の同修たちと一緒に中国語で学法を始めました。これは素晴らしくて、この上なく超常なことです。

 8月、天国楽団はドイツで3日間の特訓を行ない、宿泊地に先に着いた私たちは中国語とフランス語で学法をしました。続々とほかの同修も来ました。私と一緒に来た2人のフランス人同修は初めて天国楽団の活動に参加する新人なので、彼らのために「今日、フランス語で学法していいでしょうか」と私は責任者に聞きました。私自身は中国語でも英語でも『轉法輪』を読めますが、しかし初めて来た彼らにとって、母国語のフランス語で『轉法輪』を読むことはとても重要だと私は思ったのです。すると責任者は「今日は中国語、ドイツ語、英語のほかに、特例としてフランス語を使ってもいいですよ」と答えました。私は新しい団員の2人のために喜びました。その後、責任者に提案する際に、「本当に無私無我の境地に達したのか、本当に100%新人2人のためなのか」と自分に問いかけたら、やはりフランス語を使わせてくれないことに少し不満が残っており、重視されたい心があったと発見しました。提案する際、心は単純でなく、まだ覚者の心になりきっておらず、まだまだ人心に過ぎないと分かりました。

 翌朝、みんなは室外で煉功をします。始まる2分前にある同修は私に「あなたたちフランス人の同修も、今後学法をする際、中国語かドイツ語を使いなさい」と言いました。「このことについての討論は、煉功をしてからにしましょう」と私は答えました。しかし、私は全く煉功に専念できなくなりました。その同修はどうして煉功する前にわざわざそれを言いに来たのか、一人一人が自分の得意な言語で輪読するという私の考えは間違っていたのか、私の考えでは一つの全体になれるのではないか、などなどの念が頭の中で海が沸き返り、全然入静できませんでした。

 しかし次の瞬間に、演奏が私たちをここに集めたわけでなく、宇宙の大法が私たちに共通の使命を果たさせるために集めたのだ、と私は思い付きました。それで、中国語とドイツ語だけを使っても、我々は十分一つの全体になれると心から思うようになりました。

 その時、『洪吟三』の中の「誰が是誰が非」を思い出しました。

 「修煉する人
 自らの過ちを探し
 各種の人心取り去ること多し
 大なる関小なる関、落さんと想ふべからず
 正しきは彼
 過ちは私
 何を争ふものか」

 心はついに平穏になって煉功に集中することができました。煉功を終えて、とても心地良かったのです。さっきの同修はもう一度私のところに来て、今回は、彼は真逆のことを言いました。なんと「みんなが自分の得意な言語で読むことはとても重要です」と言い、それを裏付ける理由もたくさん言って、私の考えたことまで全部言いました。

 師父に感謝します。私の修煉を助けてくれた全ての同修に感謝します。周囲の同修たちのおかげで、私はやっと隠れている執着心に気づいて、それを除去して自分を浄化することができました。

 (2017年ヨーロッパ法会の発表原稿)